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そうね。まだいいかもしれないわね

「家庭持ちの頭をスカッとぶっ飛ばしてやれ」

「そうしましょうか。じゃ、とりあえず、この場はこれでお開きよ。みんな、気を付けて帰るように。沢田は、わたしと一緒に来て」

 女上司とふたり、飲み食い以外のリアルさ、沢田の中で何度消そうとしても、煩悩が浮かび上がった。

 店を出ると、長谷川と寺井の姿が薄くなって消えていった。

「じゃ、行くわよ」

 黒木冴子が右腕を振ると、店の前の路上に黒い大型バイクが現れた。黒木冴子の服装も黒の皮でできたジャンパーと皮パンツに代わっている。

「ヘルメットはいらないわ。乗って」

 そういうと、バイクにまたがった。

 後部座席に乗ると、気は引けたが、黒木冴子の腰に手を回してつかまった。低いモーター音を轟かせてバイクが発進した。黒木冴子から流れる空気に、ほのかに甘い香水の香りがした。

 車の流れに乗ってバイクが走る。頬にあたる風圧。加速とカーブのたびに感じる重力感。なにもかもがリアルに再現されていた。車の間を縫って追い抜いていく。爽快だった。

 

 二十分ほど走ったところで、海岸沿いの埋め立て地に出た。潮の香りがする。遠くに灯台の赤い灯りが見えた。

 黒木冴子がコンクリートの堤防の上でバイクを止めた。あたりに人影はない。

「ここよ」

 バイクのキーを回すとモーターがうなり声を止めた。バイクを降りた黒木冴子が右手を振った。堤防の上に黒い石でできたベンチが現れた。

「まだ二十分くらいならいいでしょ。座らない?」

 黒木冴子が腰をおろした隣に座った。海を見つめる黒木冴子の横顔。潮風に黒髪がさらさらと流されている。

「どうだったかしら、今夜は」

「こうまで感覚が再現されたのには驚きました」

「それは、なぜ?」

 何を聞かれているのか理解できなかった。奇妙な響きを持った質問。返答に戸惑った。

「なぜって、普通驚くじゃないですか」

 黒木冴子がこっちを向いた。吸い込まれそうな黒い大きな瞳。ピンクのルージュを引いた唇が動く。

「わたしが聞いてるのは、おまえが驚いた理由よ。感覚自体は、普段のリアルな世界で感じているものだから、別に驚くには値しない。すでに存在しているものなんだから。もっと根本的な理由があるから、おまえは驚いた」

 言っていることは理解できたが、何を答えればいいのか見当がつかなかった。

「理由……、ですか」