マンションのローンを抱えて、
留美が望むような受験環境を整える資金は無かった。
「週末になれば、また寝てるだけじゃない。わたしだって、切り詰められるところは切り詰めてるのよ。ずっと先延ばしにされてるけど、塾の入学テストの前に家庭教師で勉強を始めさせないと、もう間に合わない。ちゃんと考えてよ」
留美が生活費を切り詰めていることは知っている。毎日、時間があればネットでスーパーの安売り広告を調べている姿を見ているからだ。
「考えるよ、ちゃんと考えるから。でも、出ないものは出ない。入ってくる金は決まってるんだ」
「じゃぁ、どうするのよ。もう時間がないのよ」
留美の声がひきつっている。沢田の声、いつの間にかふてくされていた。
夫婦仲は決して悪くない。むしろ、世間レベルで見れば、仲の良いおしどり夫婦に分類されるはずだ。結婚から七年たっているが、沢田は今も留美を心から愛している。留美も家事全般をていねいにこなし、遊ぶこともせずに、沙紀を育てている。円滑に回っていた家庭の和。きしみを上げ始めたのは、住宅ローンを背負ってからだ。車も売却したが、生活は楽にならない。留美との暖かい会話を、ぎすぎすした金の話が侵食していった。
テーブルに着くと、留美が夕食を運んできた。サーモンの塩焼き、ホワイトシチュー、野菜の炒めもの。留美は手作り料理を欠かさない。口に運んだ。いつもの留美の味だった。心が温まっていく。向かい合わせに座る留美の顔を見た。うつむいたまま強直した顔がとげでおおわれていた。
「今日は、こんな時間だし、明日も仕事なんだから、もう風呂入って寝る」
逃げだ。楽しい話なら、まだまだ今夜も話すことはできる。あてのない金の話。週末になったからと言って、解決する見通しなどない。とりあえず先延ばしにして逃げただけだった。
「いつまで待てばいいのよ。最低でも一年は家庭教師に見てもらわないといけないのよ。わたしだって、二年間、家庭教師をつけてもらってたんだから。受験で落ちてからじゃ、どうしようもないのわかってるの?」
「わかってるよ。だからちゃんと週末に話をするって」
「こんなんじゃ、ちゃんと合格できるか毎日不安でたまらないでしょ。わかる? 一家の大黒柱として、ちゃんと必要な生活はさせてよ」
「風呂入ってくる」
胃に夕食を流し込んで、席を立った。
風呂から出てくると、留美はテーブルで端末の画面を開いていた。声をかけてみたが、返事はない。怒っている。留美が見ている画面。スーパーの安売り情報だった。胸が痛んだ。結婚を申し込んだとき、留美にこんな不安な思いをさせることになるとは想像していなかった。姿勢良く伸びた留美の細い背中。小さなころの留美の姿を想像した。子供らしい真っ赤なミニスカート姿の留美。裕福な両親に守られてなんの不安も無く、笑顔があふれる毎日。こんな生活をするために育ってきたはずがなかった。